Saturday, December 28, 2019

Soseki Natsume: Ten Nights of Dreams: The Third Night (Ruby)



夢十夜ゆめじゅうや



夏目なつめ漱石そうせき



第三夜だいさんや



こんなゆめた。



むっつになる子供こどもおぶってる。



たしかに自分じぶんである。



ただ不思議ふしぎことには

いつのにかつぶれて、

青坊主あおぼうずになっている。



自分じぶん

御前おまえはいつつぶれたのかいとくと、

なにむかしからさとこたえた。



こえ子供こどもこえ相違そういないが、

言葉ことばつきはまるで大人おとなである。



しかも対等たいとうだ。



***



左右さゆう青田あおたである。



みちほそい。



さぎかげ時々ときどきやみす。



***



田圃たんぼへかかったね」と背中せなかった。



「どうしてわかる」

かおうしろへけるようにしていたら、

「だってさぎくじゃないか」とこたえた。



***



するとさぎがはたして二声ふたこえほどいた。



***



自分じぶん我子わがこながらすここわくなった。



こんなものを背負しょっていては、

このさきどうなるかわからない。



どこか打遣うっちゃるところはなかろうかと

むこうをると

やみなかおおきなもりえた。



あすこならばとかんが途端とたんに、

背中せなかで、

「ふふん」とこえがした。



なにわらうんだ」



子供こども返事へんじをしなかった。



ただ

御父おとっさん、おもいかい」といた。



おもかあない」とこたえると

いまおもくなるよ」とった。



***



自分じぶんだまって

もり目標めじるしにあるいてった。



なかみち不規則ふきそくにうねって

なかなかおもうようにられない。



しばらくすると二股ふたまたになった。



自分じぶんまたって、ちょっとやすんだ。



***



いしってるはずだがな」と小僧こぞうった。



なるほど八寸角はっすんかくいし

こしほどのたかさにっている。



おもてには

ひだくぼみぎ堀田原ほったはらとある。



やみだのにあかあきらかにえた。



あか井守いもりはらのようないろであった。



ひだりいだろう」と小僧こぞう命令めいれいした。



ひだりるとさっきのもり

やみかげを、

たかそらから自分じぶんらのあたまうえ

げかけていた。



自分じぶんはちょっと躊躇ちゅうちょした。



***



遠慮えんりょしないでもいい」と小僧こぞうがまたった。



自分じぶん仕方しかたなしにもりほうあるした。



はらなかでは、

よく盲目めくらのくせになんでもってるなと

かんがえながら

一筋ひとすじみちもりちかづいてくると、

背中せなかで、

「どうも盲目めくら不自由ふじゆうでいけないね」とった。

「だからおぶってやるからいいじゃないか」

ぶってもらってすまないが、

 どうもひと馬鹿ばかにされていけない。

 おやにまで馬鹿ばかにされるからいけない」



***



なんだかいやになった。



はやもりってててしまおうとおもって

いそいだ。



***



「もうすこくとわかる。

 ――ちょうどこんなばんだったな」

背中せなか独言ひとりごとのようにっている。



なにが」ときわどいこえしていた。



なにがって、ってるじゃないか」

子供こどもあざけるようにこたえた。



するとなんだかってるようながしした。

けれども判然はっきりとはわからない。



ただこんなばんであったようにおもえる。

そうしてもうすこけばわかるようにおもえる。



わかっては大変たいへんだから、

わからないうちにはやててしまって、

安心あんしんしなくってはならないようにおもえる。

自分じぶんはますますあしはやめた。



***



あめはさっきからっている。



みちはだんだんくらくなる。

ほとんど夢中むちゅうである。



ただ背中せなかちいさい小僧こぞうがくっついていて、

その小僧こぞう

自分じぶん過去かこ現在げんざい未来みらい

ことごとくてらして、

寸分すんぶん事実じじつらさないかがみのように

ひかっている。



しかもそれが自分じぶんである。



そうして盲目めくらである。



自分じぶんはたまらなくなった。



「ここだ、ここだ。



 ちょうどそのすぎところだ」



***



あめなか

小僧こぞうこえ判然はっきりきこえた。



自分じぶんおぼえずとまった。

いつしかもりなか這入はいっていた。

一間いっけんばかりさきにあるくろいものは

たしかに小僧こぞうとお

すぎえた。



***



御父おとっさん、そのすぎところだったね」



「うん、そうだ」とおもわずこたえてしまった。



文化ぶんか五年ごねん辰年たつどしだろう」



なるほど文化ぶんか五年ごねん辰年たつどしらしくおもわれた。



御前おまえがおれをころしたのは

 いまからちょうど百年前ひゃくねんまえだね」



自分じぶんはこの言葉ことばくやいなや、

いまから百年前ひゃくねんまえ

文化ぶんか五年ごねん辰年たつどし

こんなやみばんに、

このすぎで、

一人ひとり盲目めくらころしたと自覚じかくが、

忽然こつぜんとしてあたまなかおこった。



おれは人殺ひとごろしであったんだなと

はじめてがついた途端とたんに、

背中せなかきゅう

石地蔵いしじぞうのようにおもくなった。





Reading Japanese Literature in Japanese
This series is for the people/students who want to learn Japanese.


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