Monday, January 13, 2020

SOSEKI NATSUME: KOKORO (1)(Ruby, Grammatical Analysis)

こころ



先生せんせいわたくし



夏目なつめ漱石そうせき



いち



わたくし は その ひと を

つねに 先生せんせい と んで いた。



だから ここでも

ただ 先生せんせい と く だけ で

本名ほんみょう は け ない。



これ は 世間せけん を はばかる 遠慮えんりょ という より も、

その ほう が わたくし に とって 自然しぜん だから である。



わたくし は

そのひと の 記憶きおく を す ごと に、

すぐ 「先生せんせい」 と いい たく なる。



ふで を っても

心持こころもち は おなじ こと である。



よそよそしい 頭文字かしらもじ など は

とても 使つかう  に なら ない。



***



わたくし が 先生せんせい と い に なった のは

鎌倉かまくら である。



そのとき わたくし は

まだ 若々わかわかしい 書生しょせい であった。



暑中しょちゅう 休暇きゅうか を 利用りよう して

海水浴かいすいよく に った 友達ともだち から

ぜひ い という 端書はがき を った ので、

わたくし は 多少たしょう の かね を 工面くめんして、

出掛でかける こと に した。



わたくし は

かね の 工面くめん に 三日さんち を ついやした。



ところが

わたくし が 鎌倉かまくら に いて

三日みっか と た ない うちに、

わたくし を せた 友達ともだち は、

きゅうに 国元くにもと から

かえれ という 電報でんぽう を

った。



電報でんぽう には

はは が 病気びょうき だから と ことわって あった けれども

友達ともだち は それ を しんじ なかった。



友達ともだち は

かねてから 国元くにもと に いる おやたち に

すすま ない 結婚けっこん を いられて いた。



かれ は

現代げんだい の 習慣しゅうかん から いう と

結婚けっこんする には あまり とし が 若過わかすぎた。



それに 肝心かんじん の 当人とうにん が ら なかった。



それで 夏休なつやすみ に 当然とうぜん かえる べき ところ を、

わざと けて

東京とうきょう の ちかく で あそんで いた ので ある。



かれ は 電報でんぽう を わたくし に せて

どうしよう と 相談そうだん を した。



わたくし には どうして いいか わから なかった。



けれども

実際じっさい かれ の はは が 病気びょうき である と すれば

かれ は もとより かえる べき はず であった。



それで かれ は とうとう かえる こと に なった。



せっかく た わたくし は

一人ひとり のこされた。



***



学校がっこう の 授業じゅぎょう が はじまる には

まだ 大分だいぶ 日数ひかず が ある ので

鎌倉かまくら に おっても よし、かえっても よい

という 境遇きょうぐう に いた わたくし は、

当分とうぶん もと の 宿やど に まる 覚悟かくご を した。



友達ともだち は

中国ちゅうごく の ある 資産家しさんか の 息子むすこ で

かね に 不自由ふじゆう の ない おとこ で あった けれども、

学校がっこう が 学校がっこう なのと

とし が とし なので、

生活せいかつ の 程度ていど は

わたくし と そう かわり も し なかった。



したがって

一人ひとりぼっち に なった わたくし は

べつに 恰好かっこうな 宿やど を さがす 面倒めんどう も

もた なかった のである。



***



宿やど は

鎌倉かまくら でも 辺鄙へんぴな 方角ほうがく に あった。



玉突たまつき だの アイスクリーム だの という ハイカラな もの には

ながい なわて を ひとつ さ なければ

 が とどか なかった。



くるま で っても 二十銭にじっせん は られた。



けれども 個人こじん の 別荘べっそう は

そこここに いくつでも てられて いた。



それに うみ へ は ごく ちかい ので

海水浴かいすいよく を やる には

至極しごく 便利べんりな 地位ちい を めて いた。



***



わたくし は 毎日まいにち うみ へ はいり に 出掛でかけた。



ふるい くすぶり かえった 藁葺わらぶき の あいだ を

とおけて

いそ へ りる と、

このへん に これほど の 都会とかい人種じんしゅ が

んで いる かと おもう ほど、

避暑ひしょ に た おとこ や おんな で

すな の うえ が うごいて いた。



あるとき は

うみ の なか が

銭湯せんとう の ように くろい あたま で

ごちゃごちゃ して いる こと も あった。



そのなか に

った ひと を 一人ひとり も もた ない わたくし も、

こういう にぎやかな 景色けしき の なか に つつまれて、

すな の うえ に そべって みたり、

膝頭ひざがしら を なみ に たして

そこいら を まわる のは 愉快ゆかい であった。



***



わたくし は じつ

先生せんせい を この 雑沓ざっとう の あいだ に

見付みつした のである。



そのとき 海岸かいがん には

掛茶屋かけぢゃや が 二軒にけん あった。



わたくし は ふとした 機会はずみ から

その 一軒いっけん の ほう に れて いた。



長谷辺はせへん に おおきな 別荘べっそう を

かまえて いる ひと と ちがって、

各自めいめい に 専有せんよう の 着換場きがえば を

こしらえて い ない ここいら の 避暑客ひしょきゃく には、

ぜひとも

こうした 共同きょうどう着換所きがえじょ と いった ふうな もの が

必要ひつよう なので あった。



かれら は ここで ちゃ を み、

ここで 休息きゅうそく する ほかに、

ここで 海水着かいすいぎ を 洗濯せんたくさせたり、

ここで しおはゆい 身体からだ を きよめたり、

ここ へ 帽子ぼうし や かさ を あずけたり する のである。



海水着かいすいぎ を た ない わたくし にも

持物もちもの を ぬすまれる おそれ は あった ので、

わたくし は うみ へ はいる たび に

その 茶屋ちゃや へ

一切いっさい を てる こと に して いた。







Reading Japanese Literature in Japanese
This series is for the people/students who want to learn Japanese.


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