Saturday, January 4, 2020

Soseki Natsume: Ten Nights of Dreams: The Ninth Night (Ruby)



夢十夜ゆめじゅうや



第九夜だいくや



夏目なつめ漱石そうせき



なかなんとなくざわつきはじめた。



いまにも戦争いくさおこりそうにえる。



された裸馬はだかうまが、夜昼よるひるとなく、

屋敷やしき周囲まわりまわると、

それを夜昼よるひるとなく足軽共あしがるども

ひしめきながらおっかけているような心持こころもちがする。



それでいていえのうちはしんとしてしずかである。



***



いえには

わかははみっつになる子供こどもがいる。



ちちはどこかへった。



ちちがどこかへったのは、

つきていない夜中よなかであった。



ゆかうえ草鞋わらじ穿いて、

くろ頭巾ずきんかぶって、

勝手口かってぐちからった。



そのときははっていた雪洞ぼんぼり

くらやみ細長ほそながして、

生垣いけがき手前てまえにあるふるひのき

らした。



***



ちちはそれきりかえってなかった。



はは毎日まいにちみっつになる子供こども

御父様おとうさまは」

いている。



子供こどもなんともわなかった。



しばらくしてから「あっち」とこたえるようになった。



はは

「いつ御帰おかえり」

いてもやはり

「あっち」

こたえてわらっていた。



そのときははわらった。



そうして

いま御帰おかえり」

言葉ことば

何遍なんべんとなく繰返くりかえしておしえた。



けれども子供こどもは「いまに」だけをおぼえたのみである。



時々ときどき

御父様おとうさまはどこ」

かれて

いまに」

こたえることもあった。



***



よるになって、四隣あたりしずまると、

ははおびなおして、

鮫鞘さめざや短刀たんとうおびあいだして、

子供こども細帯ほそおび背中せなか背負しょって、

そっとくぐりからく。



はははいつでも草履ぞうり穿いていた。



子供こどもはこの草履ぞうりおときながら

はは背中せなかてしまうこともあった。



***



土塀つちべいつづいている屋敷町やしきまち

西にしくだって、

だらだらさかくすと、

おおきな銀杏いちょうがある。



この銀杏いちょう目標めじるしみぎれると、

一丁いっちょうばかりおくいし鳥居とりいがある。



片側かたがわ田圃たんぼで、

片側かたがわ熊笹くまざさばかりのなか

鳥居とりいまでて、それをくぐけると、

くらすぎ木立こだちになる。



それから二十間にじっけんばかり

敷石しきいしづたいにると、

ふる拝殿はいでん階段かいだんしたる。



鼠色ねずみいろあらされた

賽銭箱さいせんばこうえに、

おおきなすずひもがぶらがって

昼間ひるまると、

そのすずそば八幡宮はちまんぐう

がくかかっている。



はちが、

はと二羽にわむかいあったような書体しょたい

できているのが面白おもしろい。



そのほかにもいろいろのがくがある。



たいていは家中かちゅうのものの射抜いぬいた金的きんてきを、

射抜いぬいたものの名前なまええたのがおおい。



たまには太刀たちおさめたのもある。



***



鳥居とりいくぐると

すぎこずえでいつでもふくろういている。



そうして、冷飯草履ひやめしぞうりおとがぴちゃぴちゃする。



それが拝殿はいでんまえでやむと、

はははまずすずらしておいて、

すぐにしゃがんで柏手かしわでつ。



たいていはこのときふくろうきゅうかなくなる。



それからはは一心不乱いっしんふらん

おっと無事ぶじいのる。



ははかんがえでは、

おっとさむらいであるから、

弓矢ゆみやかみ八幡はちまんへ、

こうやって是非ぜひないがんをかけたら、

よもやかれぬ道理どうりはなかろう

一図いちずおもいつめている。



***



子供こどもはよくこのすずおとまして、

四辺あたりると真暗まっくらだものだから、

きゅう背中せなかことがある。



そのときはは

くちうちなにいのりながら、

ってあやそうとする。



するとうまきやむこともある。



またますますはげしくてることもある。



いずれにしてもはは容易よういたない。



***



一通ひととおおっとうえ

いのってしまうと、

今度こんど細帯ほそおびいて、

背中せなかりおろすように、

背中せなかからまえまわして、

両手りょうてきながら

拝殿はいでんのぼってって、

だから、すこしのっておいでよ」と

きっと自分じぶんほほ子供こどもほほ

りつける。



そうして細帯ほそおびながくして、

子供こどもしばっておいて、

その片端かたすみ拝殿はいでん欄干らんかん

くくりつける。



それから段々だんだんりて

二十間にじっけん敷石しきいしったりたり

御百度おひゃくどむ。



***



拝殿はいでんくくりつけられたは、

暗闇くらやみなかで、

細帯ほそおびたけのゆるすかぎり、

広縁ひろえんうえまわっている。



そうときははにとって、

はなはだらくよるである。



けれどもしばったにひいひいかれると、

ははでない。



御百度おひゃくどあし非常ひじょうはやくなる。



大変たいへんいきれる。



仕方しかたのないときは、

中途ちゅうと拝殿はいでんあがってて、

いろいろすかしておいて、

また御百度おひゃくどなおこともある。



***



こうふうに、

幾晩いくばんとなくははんで、

ずに心配しんぱいしていたちちは、

とくのむかし浪士ろうしのためにころされていたのである。



***



こんなかなしはなしを、

ゆめなかははからいた。





Reading Japanese Literature in Japanese
This series is for the people/students who want to learn Japanese.


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