Sunday, January 5, 2020

Soseki Natsume: Ten Nights of Dreams: The Tenth Night (Ruby)



夢十夜ゆめじゅうや



第十夜だいじゅうや



夏目なつめ漱石そうせき



庄太郎しょうたろう

おんなさらわれてから七日目なのかめばん

ふらりとかえってて、

きゅうねつてどっと、とこいている

ってけんさんがらせにた。



***



庄太郎しょうたろう町内一ちょうないいち好男子こうだんしで、

至極しごく善良ぜんりょう正直者しょうじきものである。



ただひとつの道楽どうらくがある。



パナマの帽子ぼうしかぶって、

夕方ゆうがたになると水菓子屋みずがしや店先みせさき

こしをかけて、

往来おうらいおんなかおながめている。



そうしてしきりに感心かんしんしている。



そのほかにはこれとうほどの特色とくしょくもない。



***



あまりおんなとおらないときは、

往来おうらいないで水菓子みずがしている。



水菓子みずがしにはいろいろある。



水蜜桃すいみつとうや、林檎りんごや、枇杷びわや、

バナナを綺麗きれいかごって、

すぐ見舞物みやげものってけるように

二列にれつならべてある。



庄太郎しょうたろう

このかごては綺麗きれいだとっている。



商売しょうばいをするなら水菓子屋みずがしやかぎ

っている。



そのくせ自分じぶんはパナマの帽子ぼうしかぶって

ぶらぶらあそんでいる。



***



このいろがいいとって、

夏蜜柑なつみかんなどを品評ひんぴょうすることもある。



けれども、かつてぜにして

水菓子みずがしったことがない。



ただでは無論むろんわない。



いろばかりめている。



***



ある夕方ゆうがた一人ひとりおんなが、

不意ふい店先みせさきった。



身分みぶんのあるひとえて

立派りっぱ服装ふくそうをしている。



その着物きものいろ

ひどく庄太郎しょうたろうった。



そのうえ庄太郎しょうたろう

大変たいへんおんなかお感心かんしんしてしまった。



そこで大事だいじなパナマの帽子ぼうしって

丁寧ていねい挨拶あいさつをしたら、

おんな

籠詰かごづめ一番いちばんおおきいのをして、

これをくださいとうんで、

庄太郎しょうたろうはすぐそのかごってわたした。



するとおんなはそれをちょっとげてて、

大変たいへんおもことった。



***



庄太郎しょうたろう元来がんらい閑人ひまじんうえに、

すこぶる気作きさくおとこだから、

ではおたくまでってまいりましょうとって、

おんなといっしょに水菓子屋みずがしやた。



それぎりかえってなかった。



***



いかな庄太郎しょうたろうでも、あんまり呑気のんきぎる。



只事ただごとじゃかろうとって、

親類しんるい友達ともだちさわしていると、

七日目なのかめばんになって、

ふらりとかえってた。



そこで大勢おおぜいってたかって、

しょうさんどこへっていたんだいとくと、

庄太郎しょうたろう

電車でんしゃってやまったんだ

こたえた。



***



なんでもよほどなが電車でんしゃちがいない。



庄太郎しょうたろううところによると、

電車でんしゃりるとすぐとはらたそうである。



非常ひじょうひろはらで、

どこを見廻みまわしてもあおくさばかりえていた。



おんなといっしょに

くさうえあるいてくと、

きゅう絶壁きりぎし天辺てっぺんた。



そのときおんな庄太郎しょうたろうに、

ここからんで御覧ごらんなさいとった。



そこのぞいてると、

切岸きりぎしえるがそこえない。



庄太郎しょうたろうはまたパナマの帽子ぼうしいで

再三さいさん辞退じたいした。



するとおんなが、

もしおもってまなければ、

ぶためられますがうござんすかといた。



庄太郎しょうたろう

ぶた雲右衛門くもえもん大嫌だいきらいだった。



けれどもいのちにはえられないとおもって、

やっぱりむのを見合みあわせていた。



ところへぶた一匹いっぴきはならしてた。



庄太郎しょうたろう仕方しかたなしに、

っていたほそ檳榔樹びんろうじゅ洋杖ステッキで、

ぶた鼻頭はなづらった。



ぶたはぐうといながら、

ころりとかえって、

絶壁きりぎししたちてった。



庄太郎しょうたろうはほっと息接いきついでいると

また一匹いっぴきぶたおおきなはな

庄太郎しょうたろうりつけにた。



庄太郎しょうたろうはやむをえずまた

洋杖ステッキげた。



ぶたはぐうといてまた

真逆様まっさかさまあなそこころんだ。



するとまた一匹いっぴきあらわれた。



このとき庄太郎しょうたろうはふとがついて、

むこうをると、

はるか青草原あおくさはらきるあたりから

幾万匹いくまんびきかぞれぬぶたが、

むれをなして一直線いっちょくせんに、

この絶壁きりぎしうえっている庄太郎しょうたろう

目懸めがけて

はならしてくる。



庄太郎しょうたろうしんから恐縮きょうふした。



けれども仕方しかたがないから、

近寄ちかよってくるぶた鼻頭はながしらを、

ひとひと丁寧ていねい

檳榔樹びんろうじゅ洋杖ステッキっていた。



不思議ふしぎこと

洋杖ステッキはなさわりさえすれば

ぶたはころりとたにそこちてく。



のぞいてるとそこえない絶壁きりぎしを、

さかさになったぶた

行列ぎょうれつしてちてく。



自分じぶんがこのくらいおおくのぶた

たにおとしたかとおもうと、

庄太郎しょうたろうわれながらこわくなった。



けれどもぶた続々ぞくぞくくる。



黒雲くろくもあしえて、

青草あおくさけるようないきおいで

無尽蔵むじんぞうはならしてくる。



***



庄太郎しょうたろう必死ひっしゆうをふるって、

ぶた鼻頭はながしら七日なのか六晩むばんたたいた。



けれども、とうとう精根せいこんきて、

蒟蒻こんにゃくのようによわって、

しまいにぶためられてしまった。



そうして絶壁きりぎしうえたおれた。



***



けんさんは、庄太郎しょうたろうはなしをここまでして、

だからあんまりおんなるのはくないよとった。



自分じぶんももっともだとおもった。



けれどもけんさんは

庄太郎しょうたろうのパナマの帽子ぼうしもらいたい

っていた。



***



庄太郎しょうたろうたすかるまい。



パナマはけんさんのものだろう。





Reading Japanese Literature in Japanese
This series is for the people/students who want to learn Japanese.


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