
Reading Japanese Literature in Japanese
This series is for the people/students who want to learn Japanese.
http://readjapanese.byoubu.com/
2021年1月23日土曜日
JLPT N3: Japanese Short Stories: Osamu Dazai: 海
JLPT N3 Japanese Short Stories
海
太宰治
(戦争中の日本の話です)
(1)
東京の三鷹の家にいた頃は、
毎日のように、
近所に、爆弾(bomb)が落ちた。
私は死んだってかまわない。
が、しかし
この子の頭の上に、爆弾が落ちたら、
この子は、とうとう、
海というものを、一度も見ずに、
死んでしまうのだ
と思うと、つらい気がした。
私は、
津軽平野(Tsugaru Plain)のまんなかで、生まれたので、
海を見るのが、おそく、
十歳くらいの時に、はじめて海を見たのである。
そうして、
その時の、とても楽しかった気持ちは、
いまでも、私の最も貴重な思い出の一つになっているのである。
この子にも、いちど海を見せてやりたい。
(2)
子供は、女の子で五歳である。
やがて、三鷹の家は爆弾でこわされた
が、
家の者は、誰も傷をしなかった。
私たちは、
妻の故郷である、甲府市へ移った。
しかし、まもなく、
甲府市にも爆弾が落ちて来て、
私たちのいる家は焼けてしまった。
しかし、戦いは、なお、つづく。
いよいよ、私の生まれた土地へ
妻と子供を連れて行くしかなかった。
そこが、最後の死に場所である。
私たちは甲府から、
津軽の、私が生まれた家に向かって
出発した。
三日かかって、
やっと秋田県の東能代まで着き、
そこから五能線に乗り換えて、
少し、ほっとした。
(3)
「海は、……海の見えるのは、
どちら側です」
私は、まず、
車掌(conductor)に尋ねる。
この線は、
海岸の、すぐ近くを通っているのである。
私たちは、海の見える側に座った。
「海が見えるよ。
もうすぐ見えるよ。
浦島太郎さんの海が見えるよ」
私ひとり、何かと騒いでいる。
「ほら! 海だ。
ごらん、海だよ、ああ、海だ。
ね、大きいだろう、ね、海だよ」
とうとう、この子にも、
海を見せてやることができたのである。
「川だわねえ、お母さん」
と、
子供は、
いつもと同じように話している。
「川?」
私は驚いた。
「ああ、川」
妻は、半分眠りながら答える。
「川じゃないよ。海だよ。
まるで、違うじゃないか!
川だなんて、ひどいじゃないか」
実に、つまらない思いで、
私ひとり、夕方の海を眺める。
You can Read Japanese Literature in Japanese
Learning to Read Japanese
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿